東四条(読み)ひがしよじよう

日本歴史地名大系 「東四条」の解説

東四条
ひがしよじよう

昭和一二年(一九三七)成立した字。旧東四条七―二六丁目・帯広・下帯広・ヲベリベリ・基線・北一線・南二線・南三線・南四線・南五線・南六線。成立当時は北一―三丁目・南一―二九丁目からなる。東三条(ひがしさんじよう)の東に並行する南北の通りに沿う。南六―一三丁目は明治三一年(一八九八)以前に区画され(状況報文)、そのほかは大正期以降に区画された。


東四条
ひがしよじよう

[現在地名]旭川市東四条一―一一丁目

昭和二八年(一九五三)二月に新設された町。昭和七年一〇月までは永山(ながやま)村のうちで、同年一一月旭川市に編入された旧永山村新旭川地区に相当する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む