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東方政策 とうほうせいさくOstpolitik

翻訳|Ostpolitik

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東方政策
とうほうせいさく
Ostpolitik

東欧地域との歴史的結びつきを生かし,本格的デタントの土壌をつくった西ドイツ外交政策社会民主党ブラントシュミットからキリスト教民主同盟コール首相へと引継がれた。 1969年9月にブラント=シェール連立内閣成立後,ソ連,東欧との共存をはかり,70年8月武力不行使と現状承認を内容とする西ドイツ=ソ連条約,同年 12月に西ドイツ=ポーランド条約に調印。 72年 12月には東西ドイツ基本条約を締結し,国連に同時加盟した。 73年ブレジネフ書記長の西ドイツ訪問が実現し,また西ドイツ=チェコスロバキア正常化条約に調印した。続くシュミット政権も新冷戦のなかでデタントを求めた。 87年ホーネッカー東ドイツ評議会議長の西ドイツ訪問の実現以降,独ソ関係改善は進み,コール首相は東西ドイツ統合をソ連に承認させた。

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