東江上村(読み)ひがしえがみむら

日本歴史地名大系 「東江上村」の解説

東江上村
ひがしえがみむら

[現在地名]上市町東江上

中江上村の北に位置し、東は森尻(もりじり)村、西は弥市新(やいちしん)村・江上村、北は大永田(おながた)村。正保郷帳では中江上村と併記される。寛文一〇年(一六七〇)の村御印によれば草高四一〇石、免三ツ五歩、小物成は山役二四匁(三箇国高物成帳)。宝暦年間(一七五一―六四)の家数一九(「高免家数書上」松岡家文書)。所属組は上市村に同じ。明治五年(一八七二)の新川県戸数表によれば家数三二。浄土真宗本願寺派の浄泉(じようせん)寺・西永(さいえい)寺・紫雲(しうん)寺と松尾社がある。浄泉寺はもと大岩山日石(につせき)寺六〇坊の随一であり、日石寺の隠居所として上市柳戸(やなぎど)にあった真言宗の寺院であった。このため江戸時代末期まで大岩不動堂の鍵を保管し、開扉にあたっては浄泉寺の承認を必要としたという。


東江上村
あーりういむら

[現在地名]伊江村東江上(ひがしえうえ)

アーリウィと発音し、アガリエウエともいう。明治八年(一八七五)に東江(あーり)村が当村と東江前(あーりめー)村に分割して成立。城(ぐすく)山の北東に位置し、南は東江前村。一八八〇年の戸数二二五・人口一千二三(県統計概表)。一九〇三年には戸数二八六・人口一千四三二(うち士族七戸・四二人)、民有地の総反別は五一七町八反余、うち畑三八九町四反余・宅地一四町二反余・山林一四町三反余・原野九八町三反余(県統計書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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