東端山(読み)ひがしはばやま

日本歴史地名大系 「東端山」の解説

東端山
ひがしはばやま

[現在地名]貞光町端山

西端山の東に位置する。北東たか(七四〇・九メートル)南東友内ともうち(一〇七三・一メートル)などがそびえる山間の村で、村内を貞光川の支流見恵頭谷みえずだに川が流れる。北は太田おおた村、東は口山くちやま(現穴吹町)。西端山と合せて単に端山とも称した。この端山は古くは貞光山などともよばれ、貞光村(貞光谷)のうちであった。「蜂須賀治世記」は文禄年中(一五九二―九六)に、それまでの貞光村から東・西の端山が分れ三ヵ村となったとするが、阿波国御政務日記(武田家文書)などによれば、端山が東・西に分離したのは徳島藩士長坂三郎左衛門が端山において給地を加増された元和年中(一六一五―二四)のことと推定される。同日記によると三郎左衛門は元和元年大坂夏の陣で、逃落ちる土佐の長宗我部盛親(元親の子)とその家老を摂津境の山城国八幡やわた(現京都府八幡市)大山崎おおやまざき(現京都府大山崎町)辺りで生捕る大功をあげ、貞光谷端山のうちで三〇〇石を加恩されたという。三郎左衛門はこのとき端山の田地(地味の上下を含む)、百姓人数などを等分に分けたとされており、東端山(三郎左衛門給地分)と西端山(蔵入分)に分れたのはこの頃であろう。

貞光町史」によると、長坂氏が当地を与えられた頃には東端山の高二九八石余に対して、成米二四六石余・成麦九石余と年貢は非常に高率であったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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