東野御茶屋跡(読み)ひがしのおちややあと

日本歴史地名大系 「東野御茶屋跡」の解説

東野御茶屋跡
ひがしのおちややあと

[現在地名]松山市東野四丁目

松山藩主の別邸跡。県指定史跡。松平定行は万治二年(一六五九)に隠居所として郊外の東野の地を選び、千宗安に命じて家屋・庭園を設計させ、三ヵ年を経て寛文元年(一六六一)に完成した。

松田義方(江戸中期の松山藩士)らの書いた「垂憲録」によると、周囲一里余で竹垣で囲まれ、北門を入ると西に杉の御馬場、東に桜の御馬場があり、その中間に御馬見所の茶屋があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む