東雨村(読み)あずまめむら

日本歴史地名大系 「東雨村」の解説

東雨村
あずまめむら

[現在地名]串本高富たかとみ

二部にぶ村の西に位置し、南を除く三方を山で囲まれ、海浜谷間にある小村。海辺沿いに通る熊野街道大辺路には、岩門とよばれたアーチ状の岩がある。西は有田ありだ浦。村名は弘法大師が四国路より当地に来た折、東雨(時雨)にあい草庵で雨を避けた故事によるという(紀伊名所図会)。慶長検地高目録には「高浜東女村」と記され、村高二八石余。「続風土記」によると家数四、人数一五。江田組に属した。慶長一六年(一六一一)の加太浦より錦浦迄加子米究帳(栗本家蔵)では「あまミたかはま」として加子役数六人、代納升高七・二石が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む