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松崎渋右衛門 まつざき じゅうえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松崎渋右衛門 まつざき-じゅうえもん

まつざき-しぶえもん

松崎渋右衛門 まつざき-しぶえもん

1827-1869 幕末-明治時代の武士。
文政10年8月15日生まれ。讃岐(さぬき)高松藩家老。代々江戸詰めで,水戸藩校弘道館でまなび,武田耕雲斎らとまじわり尊王をとなえた。元治(げんじ)元年家老となるが,藩論がかわり翌年高松で投獄される。のち家老に復し,満濃池の改修や藩政改革にあたったが,明治2年9月8日反対派に暗殺された。43歳。名は佐敏(すけとし)。号は達斎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松崎渋右衛門

没年:明治2.9.8(1869.10.12)
生年:文政10(1827)
幕末の高松藩士。父は佐邦。文久2(1862)年格奉行,元治1(1864)年4月家老となる。この前後,長谷川宗右衛門と共に宗家水戸徳川家との和解に尽力し,同時に尊王攘夷運動に接近した。長州藩尊攘派による禁門の変後の9月,罷免され獄に送られる。明治1(1868)年1月,高松藩は朝敵とみなされ,土佐藩の進攻を受け開城。それに伴って出獄を許され,翌2年執政兼会計農政長の重職に就いた。だが旧佐幕派の怨恨は深く,同年9月,堀多仲ら14名によって殺害さる。藩庁はこれを自殺として処理したが,やがて真相が明らかとなり,藩知事および関係者は新政府により処罰された。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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