松巌寺跡(読み)しようがんじあと

日本歴史地名大系 「松巌寺跡」の解説

松巌寺跡
しようがんじあと

[現在地名]徳島市伊賀町三丁目

眉(び)山東麓にあった天台宗寺院。霊応山と号した。承応元年(一六五二)大猷院(徳川家光)の廟として建立され、翌二年二月入仏千部法事が比叡山延暦寺の僧らを招いて執行われた。明暦三年(一六五七)には大猷院七回忌が営まれている(阿淡年表秘録)。徳川将軍家が天台宗と浄土宗であったため、将軍家の位牌所は浄土宗還国(げんこく)寺とし、公儀にかかわる祭祀や儀式を執行するために天台宗の当寺を建立したとされ、歴代の寺僧は比叡山から迎えられた(阿波志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む