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松平定喬 まつだいら さだたか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平定喬 まつだいら-さだたか

1716-1763 江戸時代中期の大名。
正徳(しょうとく)6年6月9日生まれ。松平定英(さだひで)の長男。享保(きょうほう)18年伊予(いよ)松山藩主松平(久松)家6代となる。寛保(かんぽう)元年久万山(くまやま)農民一揆(いっき)がおきた。宝暦13年3月21日死去。48歳。通称は百助。号は衡山。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の松平定喬の言及

【松山藩】より

…伊予国(愛媛県)の家門中藩。1602年(慶長7)伊予郡正木(松前)(まさき)城主20万石の加藤嘉明が松山城を築城したことに始まる。27年(寛永4)嘉明の会津転封後,蒲生忠知が領主となるが,その急逝後,35年伊勢国桑名城主松平(久松)定行が15万石の領主となり,廃藩まで松平氏14代の支配が続いた。その領地は風早郡,和気郡,久米郡,温泉郡,伊予郡,浮穴(うけな)郡に及んだ。定行は松山城の改修,道後温泉の整備,緋の蕪(かぶら)の生産,タルトや五色そうめんの製造と関連して知られている。…

※「松平定喬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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