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松本喜三郎 まつもと きさぶろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松本喜三郎 まつもと-きさぶろう

1825-1891 江戸後期-明治時代の人形師。
文政8年2月生まれ。等身大の精巧な生き人形をつくり,大坂,江戸で興行。代表的作品は明治4-8年浅草で興行した「西国三十三所観音霊験記」。5年文部省の命で東校(東大の前身)のために人体模型を製作している。明治24年4月30日死去。67歳。肥後(熊本県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

松本喜三郎

没年:明治24.4.30(1891)
生年:文政8(1825)
幕末明治期の生人形師。熊本の商家に生まれる。20歳のとき,人かと見まごう等身大の人形を作ったので「生人形」といいはやされた。やがてひとつのテーマのもとに数十体の人形を製作展示し,嘉永7(1854)年以降,大坂で「鎮西八郎島廻り」,江戸で「浮世見立四十八癖」ほかを見世物にする。生涯の傑作は,東京の浅草奥山で明治4~8(1871~75)年に興行した「西国三十三所観音霊験記」である。これは西日本の各地へも持ち回り,お里沢市で有名な人形浄瑠璃「三拾三所花野山」(通称「壺坂」)の母体となった。最後の作品は「本朝孝子伝」である。<参考文献>大木透「名匠/松本喜三郎

(倉田喜弘)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の松本喜三郎の言及

【生人形】より

…または,一つのテーマのもとに何体もの人形を作って展示する見世物を指す。熊本の仏師安本善蔵の子亀八(1826‐1900)と,門弟の松本喜三郎(1825‐91)が著名。亀八の生人形製作は大坂が最初という。…

※「松本喜三郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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