枕崎浦(読み)まくらざきうら

日本歴史地名大系 「枕崎浦」の解説

枕崎浦
まくらざきうら

[現在地名]枕崎市恵比須町・港町・折口町・汐見町・松之尾町・立神本町・塩屋北町・塩屋南町

鹿籠かご村にあった浦。寛政一二年(一八〇〇)書写の諸郷村附並浦附(県立図書館蔵)に鹿籠郷の浦として枕崎浦と白沢津しらざわつ(白沢津浦)がみえる。枕崎浦の一部は、現在枕崎港となっている。安政元年(一八五四)に死去した鹿児島藩の画人馬場伊歳(吟雪斎)の絵画(枕崎市立図書館蔵)によれば、当時の枕崎浦は緑の松林が湾曲した入江をめぐり、白砂青松の浦浜であった。小湊こみなと(花渡川)を挟んで河口の東を松之尾まつのお(松ノ尾浜)、西を追戸おつとの浜とよんだ。この地方に伝わる里謡の一部に「小湊で早く目につく立神や追戸浜潟尻の松山前は白帆の走り舟」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む