デジタル大辞泉
「枕崎市」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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枕崎市
まくらざきし
面積:七四・八三平方キロ
薩摩半島の南端西寄りに位置し、南は東シナ海に面する。東は川辺郡知覧町、北は同郡川辺町・加世田市、西は川辺郡坊津町に接する。市の中央やや西寄りを花渡川が南流し、人口の密集する市街地は河口東部に位置する。東鹿籠の東部を扼する国見岳(三九五・九メートル)山系以東の平原を別府という。国道二二五号・二七〇号はいずれも当市を終点とし、国道二二六号は市域南部を東西に通過する。JR指宿枕崎線は枕崎駅を終点とする。市名はかつて箱枕に入った金仏が鹿籠浦の瀬崎に漂着したという故事にちなむという(枕崎市史)。
〔原始〕
先史時代の遺跡は花渡川あるいはその支流中洲川流域に多くある。中洲川上流域の台地にある東鹿籠の石橋・榎木馬場・奥木場・円妙ヶ堀などの遺跡では、ナイフ形石器・台形石器・彫器・三稜尖頭器・スクレーパーなど旧石器時代でも古い時期のナイフ形石器文化のものが発見されている。奥木場遺跡では旧石器時代終り頃の細石器文化の細石刃・細石刃核・コアブランクなども出土。同じ中洲川上流域の丘陵や台地には山内・火ノ谷・奥木場など縄文時代早期の遺跡が集中しており、とくに奥木場遺跡では集石遺構など当時の生活遺構が多く見つかっている。また別府地区の谷部近くにも縄文早期の遺跡が点々と存在しており、大石ノ下遺跡で発見された耳栓ともよばれる滑車形の土製耳飾は、近年注目されている早期の耳飾として貴重。前期になると花渡川下流にまで範囲が広がり、轟式土器・曾畑式土器などを出土した東鹿籠の焼山、西鹿籠の通山・倉下・岩崎・小江平・深浦などの遺跡がある。深浦遺跡は、かつては前期の土器といわれ、現在では中期の土器といわれている深浦式土器の標式遺跡である。中期には倉下・小江平など花渡川下流の遺跡で並木式土器・阿高式土器などが出土。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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枕崎〔市〕
まくらざき
鹿児島県南西部,薩摩半島南西部,東シナ海にのぞむ市。 1949年市制。江戸時代は喜入氏の麓集落を中心として発展。中心市街地の枕崎は水産業が盛んで,山川港とともにカツオの水揚げが特に多い。カツオはほとんどかつお節に加工され,アジ,サバの干物とともに特産。周辺地では電照菊をはじめとする園芸やポンカン,促成野菜栽培,養豚が盛んで,農林水産省の茶業試験場枕崎支場があり,茶栽培もみられる。 1991年日本初のコミュータ航空用の空港が開設。 JR指宿枕崎線の終点。国道 225号線,226号線,270号線が通る。面積 74.78km2。人口 2万33(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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