枝吉神陽(読み)えだよし しんよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「枝吉神陽」の解説

枝吉神陽 えだよし-しんよう

1822-1862 幕末の国学者。
文政5年5月24日生まれ。肥前佐賀藩士。江戸昌平黌(しょうへいこう)でまなび,帰藩して藩校弘道館国学教諭となる。尊王論をとなえ,嘉永(かえい)3年義祭同盟を結成。弟の副島種臣(そえじま-たねおみ)や江藤新平,大木喬任(たかとう),大隈重信らをそだてた。文久2年8月15日死去。41歳。名は経種(つねたね)。通称は杢(木工)之助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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