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副島種臣 そえじま たねおみ

美術人名辞典の解説

副島種臣

幕末・明治政治家。佐賀藩士で国学者枝吉忠左衛門の次男、副島氏の養子。通称は二郎、号を蒼海・一々学人等。明治政府の参与・制度事務局判事となり、政体書起草版籍奉還尽力したが、のち政界を離れ、宮中顧問官枢密顧問官として務めた。能書家として知られる。明治38年(1905)歿、78才。

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百科事典マイペディアの解説

副島種臣【そえじまたねおみ】

明治の政治家。佐賀藩士出身。国学者枝吉南濠(なんごう)(種彰)の子。尊攘運動に投じ,兄の神陽とともに藩政改革の中心となった。明治政府では参与となり,政体書を起草し参議外務卿になったが,征韓論に敗れて下野。
→関連項目台湾出兵寺島宗則

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

副島種臣 そえじま-たねおみ

1828-1905 幕末-明治時代の政治家。
文政11年9月9日生まれ。枝吉神陽の弟。肥前佐賀藩士。明治新政府の参与となり,政体書の起草にかかわる。外務卿(きょう)もつとめる。明治6年征韓論をとなえて野にくだり,民撰議院設立建白書に署名。のち枢密顧問官,松方内閣内相を歴任。能書家。明治38年1月31日死去。78歳。初名は竜種。通称は次郎。号は蒼海(そうかい)。
格言など】天下の事,日に非なりと自ら屈するものは多く何事をもなし得ざるの徒なり

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朝日日本歴史人物事典の解説

副島種臣

没年:明治38.1.31(1905)
生年:文政11.9.9(1828.10.17)
明治期の政治家。父は佐賀藩士,藩校弘道館教授枝吉忠左衛門,母は喜勢子。安政6(1859)年父が死去し,同藩士副島利忠の養子となる。号は蒼海,一々学人。嘉永3(1850)年兄の枝吉神陽を中心とする義祭同盟に大木喬任,江藤新平らと共に参加し,尊王論に傾倒。5年京都に遊学し,国学者矢野玄道らと交流。その間神陽の命を受け公家大原重徳に意見書を提出,青蓮院宮朝彦親王から佐賀藩兵上洛を求められる。帰藩後,藩兵上洛は藩主鍋島直正に退けられ,副島は藩校教諭を命じられた。元治1(1864)年長崎に行き米国人宣教師フルベッキに師事し,英学,米国憲法を学ぶ。慶応3(1867)年大隈重信と脱藩し江戸に行き,目付原市之進(水戸藩士)に大政奉還を説いたが,藩より謹慎処分を受けた。維新後長崎で対外折衝を担任,さらに参与,制度事務局判事を命じられ,福岡孝弟と共に政体書を起草した。明治4(1871)年外務卿に就任。樺太国境問題をめぐる対露交渉,マリア・ルス号事件(ペルー船積み込みの清国人奴隷解放をめぐる外交問題),日清修好条規批准交渉などに功績をあげたが,征韓論に同調して下野した。その後,自宅で愛国公党を結成し,民選議院設立建白書にも署名したが民権運動には参加しなかった。9年から11年にかけて清国を漫遊し,書道への造詣を一段と深めた。17年伯爵に叙せられ,枢密院顧問官・同副議長などを経て,第2次松方正義内閣の内務大臣となったが,在任3カ月で辞任するなど,大きな政治力を発揮することはなかった。<著作>『蒼海全集』全6巻<参考文献>丸山幹治『副島種臣伯』

(長井純市)

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世界大百科事典 第2版の解説

そえじまたねおみ【副島種臣】

1828‐1905(文政11‐明治38)
明治期の政治家。佐賀藩士。幼名竜種,通称二郎。号は蒼海また一々学人。国学者枝吉種彰(南濠)の子として生まれ,副島家の養子となった。兄神陽も学者となり,弘道館で大隈重信,大木喬任,江藤新平,島義勇らを教えた。尊王攘夷運動に奔走したが,のち藩が長崎に設けた致遠館監督となりみずからもG.H.F.フルベッキに英学を学んだ。維新政府の参与,制度寮判事となり,政体書の起草に参画,1869年(明治2)参議となり,71年11月岩倉具視の欧米差遣にともない外務卿に就任し,マリア・ルース号事件,琉球帰属問題にあたった。

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大辞林 第三版の解説

そえじまたねおみ【副島種臣】

1828~1905) 政治家。佐賀藩出身。通称、二郎。号、蒼海。維新の際の功によって明治政府の参与・参議・外務卿。征韓論を唱えて下野。のち枢密院顧問官・内務大臣。豪快な書でも知られる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

副島種臣
そえじまたねおみ

[生]文政11(1828).9.9. 佐賀
[没]1905.1.31. 東京
政治家。伯爵。佐賀藩士枝吉忠左衛門の次男に生れ,同藩士副島家を継ぐ。青年時代尊王攘夷運動に参加し,明治政府成立とともに,参与,参議を歴任。明治4 (1871) 年外務省に入り,樺太問題でロシアと交渉,同年外務卿。外相時代に台湾事件,『マリア・ルース』号事件,千島樺太交換問題などを担当した。 1873年,征韓論に敗れて辞職。 74年板垣,後藤らとともに民撰議院設立建白書を提出した。しかしその後みずからは,いわゆる自由民権運動に参加せず,92年には松方内閣の内務大臣,枢密顧問官 (88,92) をつとめた。蒼海と号し,書をよくした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

副島種臣
そえじまたねおみ
(1828―1905)

幕末・明治時代の外交家。文政(ぶんせい)11年9月9日佐賀藩士枝吉忠左衛門(えだよしちゅうざえもん)の二男に生まれ、副島家を継いだ。次郎と称す。号は蒼海(そうかい)。1852年(嘉永5)京都に出て尊攘派(そんじょうは)志士と交際、1864年(元治1)長崎で英学を修めた。1868年(慶応4)3月新政府の参与・制度事務局判事となり、政体書の起草に従事。1869年(明治2)参議、1871年樺太(からふと)(サハリン)境界交渉のため、ロシア領ポシエト湾に赴いたが不調、11月外務卿(がいむきょう)に就任。マリア・ルーズ号事件に手腕を示し、1873年日清(にっしん)修好条規の批准書交換のため特命全権大使として北京(ペキン)に赴き、清国皇帝謁見に際して慣例の跪礼(きれい)を破って立礼で押し通したので、副島国権外交の名を高めた。10月参議となったが、朝鮮使節派遣をめぐる政府分裂(いわゆる明治六年の政変)で野に下り、1874年民撰(みんせん)議院設立建白書に名を連ねた。1879年宮内省御用掛一等侍講、1884年伯爵、1886年宮中顧問官、1888年枢密顧問官、1892年4月から6月まで松方正義(まつかたまさよし)内閣の内務大臣を務めた。明治38年1月31日没。[毛利敏彦]
『丸山幹治著『副島種臣伯』(1936・大日社) ▽島善高編『副島種臣全集』(2004~ ・慧文社)』

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世界大百科事典内の副島種臣の言及

【大江卓】より

…71年〈穢多非人廃止建白書〉を民部大輔大木喬任に提出。72年神奈川県権令となり,外務卿副島種臣の命をうけて,横浜に寄港したペルー国汽船マリア・ルース号の中国人苦力虐待問題の裁判長となり,奴隷売買は人道に反すと判決して苦力231名全員を本国に送還さす(マリア・ルース号事件)。74年大蔵省に出仕したが翌年辞職。…

【漢詩文】より

…また1894年に夭折した中野逍遥も強烈な恋愛感情を漢詩に託した詩人として注目される。森春濤・槐南らの清詩派に対抗し,漢・魏の古体詩を主唱して現れたのは副島種臣(そえじまたねおみ)(蒼海)であり,国分青厓,桂湖村,石田東陵らはこれに和してしだいに勢力を拡大していった。詩人たちの集りである吟社には下谷吟社(大沼枕山),茉莉吟社(まつりぎんしや)(森春濤),麴坊(こうじまち)吟社(岡本黄石)などがあり,それぞれに雑誌を発行するなどして世の好みに投じた。…

【台湾出兵】より

…1871年琉球宮古島,八重山島の漁船が台湾に漂着し,乗組員多数が原住民に殺害され,さらに73年には岡山県の船員が略奪されるという事件が起こった。このため早くから征韓論を唱えて大陸進出をめざしていた外務卿副島種臣は,これを台湾征討の理由とし,あわせて琉球の帰属問題を国際的に明確化しようとし,前厦門(アモイ)駐在のアメリカ領事ル・ジャンドル(李仙得)を顧問に雇い,その助言によって出兵を計画した。73年6月副島が特命全権大使として日清条約批准書交換のため清に赴いたとき,副使柳原前光をして台湾漂流民の問題を交渉させたが,清国側は,琉球は日本領ではなく,また台湾の原住民は法律の外にあるとし,その処置を拒んだ。…

※「副島種臣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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