柏戸村(読み)かしわどむら

日本歴史地名大系 「柏戸村」の解説

柏戸村
かしわどむら

[現在地名]北川辺町柏戸

東は向古河むこうこが村、北は渡良瀬わたらせ川を境に下野国都賀つが下宮したみや(現栃木県藤岡町)、下総国葛飾郡悪戸あくと新田古河城下船渡ふなと(現茨城県古河市)。中山道と日光道中を結ぶ脇往還が通る(風土記稿)。「カシワ」には砂丘、自然堤防の意があり、「戸」は津の意とみられることから、村名は渡良瀬川の自然堤防に位置したことによるとされる(埼玉県地名誌)。天正一一年(一五八三)の八月八日付の足利義氏遺臣等連署状写(喜連川家文書案)によると、二〇年来の大洪水で、関宿せきやど(現千葉県関宿町)高柳たかやなぎ(現栗橋町)とともに柏戸の堤も決壊している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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