柚原村(読み)ゆのはらむら

日本歴史地名大系 「柚原村」の解説

柚原村
ゆのはらむら

[現在地名]松阪市柚原町

一志郡南部の山間にあり、北は小原(おはら)村(現一志郡嬉野町)、南は坂内(さかない)村に接している。現柚原小学校の北側に、堀切を挟む二つの郭跡が残るが、中世城郭跡と判断されるのみで正確なことはわからない。近世は津藩領。寛延(一七四八―五一)頃の「宗国史」によれば、戸数一二七、人数は五四五。西善(さいぜん)寺・観音寺、天王三座・無名祠・蘭木神・八幡が記される。


柚原村
ゆのわらむら

[現在地名]亀岡市西別院(にしべついん)町柚原

池田道筋笑路(わろうじ)村と神地(こうじ)村との間にあって、犬飼(いぬかい)川の最上流部、鴻応山(こおのやま)の北山麓に位置する。東へ谷間を進めば万願寺(まんがんじ)村を経て南掛(なんげ)村に続く。

天保一二年(一八四一)の「桑下漫録」によれば高二〇〇石、戸数三〇、高槻藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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