柳生十兵衛三厳(読み)やぎゅうじゅうべいみつよし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「柳生十兵衛三厳」の意味・わかりやすい解説

柳生十兵衛三厳
やぎゅうじゅうべいみつよし

[生]慶長12(1607).大和
[没]慶安3(1650).3.21. 山城
江戸時代初期の剣術家,兵法家。柳生宗矩の長男で,初め七郎,のちに十兵衛三厳と称した。幼少より宗矩について新陰流を学び,13歳で徳川家光の小姓となる。寛永3 (1626) 年故郷柳生の庄へ帰り子弟の指導にあたる。寛永 14 (1637) 年再び出府して幕府に仕えたが,慶安3 (1650) 年 44歳で鷹狩中に急死。父をしのぐ剣豪で,先制攻撃を眼目とする柳生新陰流に対し,敵の動きを待ち,その動きによって生じる弱みにつけ込むという剣法を編み出した。また学問を好み,『月之抄』 (1642) ,『新陰流月見の秘伝』 (1643) などの兵法書を残した。

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