柴座町
しばのざちよう
紺座町のほぼ南方にあって、南北に通る常盤道の高橋筋から安居橋筋まで五六間の両側、およびこれに接する東西の安居橋筋両側の町並(「石清水八幡宮史料叢書」所収八幡宮境内古図)。常盤郷に属するが、中世は山路郷の地。
町名となる柴座は嘉元元年(一三〇三)一一月二八日の駿河三昧堂修造の人夫守結番諸座沙汰状(「宮寺旧記」所引)に諸座番割の一つとしてみえる。長禄四年(一四六〇)七月七日分の索餅下行注文(「年中用抄」所引)には「御中間一桶六郎二郎」「御力者柴座兄部」が記され、六郎二郎は翌寛正二年(一四六一)に「少綱しはのさ六郎二郎」とみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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