栗崎道有 くりさき-どうゆう
1660-1726 江戸時代前期-中期の医師。
万治(まんじ)3年生まれ。初代栗崎道喜の孫。祖父以来の栗崎流南蛮外科をつぐ。幕府の医官となり,江戸参府のオランダ人医師と意見をかわす。元禄(げんろく)14年(1701)吉良義央(よしなか)が殿中でうけた刀傷を治療した。享保(きょうほう)11年10月20日死去。67歳。肥前長崎出身。名は正羽(まさゆき)。字(あざな)は道仙。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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