日本歴史地名大系 「桐生新町」の解説
桐生新町
きりゆうしんまち
桐生川の開析によって形成された扇状地上に位置し、東は
慶長初年町立ての説をとれば、幕府代官大久保長安の手代大野尊吉が、桐生領五四ヵ村の親郷として、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
桐生川の開析によって形成された扇状地上に位置し、東は
慶長初年町立ての説をとれば、幕府代官大久保長安の手代大野尊吉が、桐生領五四ヵ村の親郷として、
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…南北朝の初期,桐生国綱が市街地北方の檜杓(ひしやく)山に桐生城を築いたが,城下の繁栄はみられなかった。近世初期には桐生天満宮の社前から南方へ桐生新町が計画的に造成され,17世紀初めには絹市が開かれて桐生織物の基礎が確立した。染色,洗浄に適した桐生川の水や,周辺の養蚕・製糸地帯をひかえ,北関東機業地域の中心地となり,明治・大正から昭和の初めにかけて著しく繁栄した。…
※「桐生新町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...