桑上村(読み)くわかみむら

日本歴史地名大系 「桑上村」の解説

桑上村
くわかみむら

[現在地名]久米町桑上

倭文しとり川北側の緩やかな斜面耕地が広がり、北側の低丘陵に貴布禰きぶね神社がある。東は桑下村、北は神代こうじろ村、南は福田下ふくだしも村。もと桑村で、延宝二年(一六七四)上下に分村した(作陽誌)。元禄一〇年(一六九七)の美作国郷村帳では桑村上の高三五九石余。「作陽誌」の戸口は二四軒・一五七人。領主の変遷は桑下村と同じ。文化一〇年(一八一三)幕府領移管の際に大坂代官の直接支配を要求した嘆願書の署名者は三二人(久米町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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