…応挙が指揮した寛政度造営御所の障壁画では一門が大活躍している。門下の代表的画家に十哲と呼ばれる源琦(げんき),長沢蘆雪,渡辺南岳(1767‐1813),森徹山(1775‐1841),西村楠亭(1775‐1834),山口素絢,奥文鳴(?‐1813),吉村孝敬(1769‐1836),山跡鶴嶺(生没年不詳),僧月僊のほか,応挙を継いだ長男応瑞(1766‐1829),木下家を継いだ次男応受(1777‐1815)がいる。応挙様式はまた岸駒,森狙仙,原在中ら円山派以外の画家にも大きな影響を与え,19世紀京都画壇の隆盛をもたらした。…
…江戸後期の大坂画壇を代表する画家の一人。名は守象,初め祖仙と号した。父,2人の兄とも画家という恵まれた環境に育った。初め狩野派の画家に学んだが,写生に立脚した平明な画風をひらいた円山応挙の影響を受け,身近な動物を得意とした。特に精細な描写に擬人化したユーモアを感じさせる猿の絵が名高い。次兄周峯の子で応挙に師事した徹山(1775‐1841)を養子に迎えて後継者とし,さらに徹山門下に一鳳(1797‐1851),寛斎(1814‐94)が出て森派を形成した。…
※「森徹山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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