植民地分界線(読み)しょくみんちぶんかいせん(その他表記)demarcation line

旺文社世界史事典 三訂版 「植民地分界線」の解説

植民地分界線
しょくみんちぶんかいせん
demarcation line

1493年にローマ教皇アレクサンデル6世が大西洋中のアゾレス諸島西方の子午線をもって,スペイン・ポルトガル両国の勢力範囲として調停した境界線。教皇子午線ともいう
これにより,ポルトガルは東方,スペインは西方新大陸へという新航路の開拓の方向が定まった。翌年,両国の直接交渉によりトルデシリャス条約を定め,分界線は西へ移動し,ポルトガルはブラジルの支配権を得た。この分界線は,オランダ・イギリス・フランスの海外進出の開始によって,その意義を失った。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

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