槻之沢
けやきのさわ
[現在地名]久万町菅生
戦国時代に築かれた大除城跡の東山麓にある小字名。土地の人は「きやけのさわ」とよぶ。城主大野氏の居館のあった所で、平時は農耕と軍事の訓練をし、戦時となると住居を引き払い兵糧・武器を携えて城に立てこもったと思われる。城主が使った不浄を忌むという井戸、馬場柿とよぶ柿の古木、城主大野直昌の屋敷跡と伝えられる、そえの畑・かまえ・射場・鍛冶屋敷・店町・茶蔵などの地名が残り、裏山には日蔭躑躅が群生して直昌躑躅とよばれ、他へ移すと必ず枯れると伝えられている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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