舟迫宿(読み)ふなばさましゆく

日本歴史地名大系 「舟迫宿」の解説

舟迫宿
ふなばさましゆく

[現在地名]柴田町西船迫

奥州街道の宿駅で、南西大河原おおがわら宿(現大河原町)から一里一一町余、北東槻木つきのき宿へ一里一〇町余。当宿から南へ下って角田かくだへ通じる脇街道の舟岡ふなおか宿へ一六町。「吾妻鏡」文治五年(一一八九)八月一一日条によると、この日「船迫宿」に逗留した源頼朝に、平泉方の敗将西木戸国衡の首が献じられている。翌一二日条にも「船迫駅」とみえ、古くから交通の要衝であったと考えられる。近世に入り奥州街道の宿場として整備され、寛延四年(一七五一)増補行程記(盛岡市中央公民館蔵)によれば、本街道からコの字状に曲折した道沿いの両側に家が描かれ、本陣は置かれていない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む