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西廻海運 にしまわりかいうん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西廻海運
にしまわりかいうん

江戸時代,東廻海運と並ぶ主要な沿岸航路の一つ。日本海沿岸の港から福浦,三国,敦賀,小浜,柴山,温泉津 (ゆのつ) などの諸港を経て下関に達し,瀬戸内海沿岸の広島,尾道,鞆 (とも) ,明石などを経て大坂に達する。

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百科事典マイペディアの解説

西廻海運【にしまわりかいうん】

日本海沿岸諸都市から関門海峡を回り瀬戸内海を経て大坂に至る航路。さらに紀伊半島を迂回して遠州灘を通り,江戸へも至った。寛永年間(1624年―1644年)に因幡(いなば)鳥取藩,加賀金沢藩などが年貢米輸送のため開発。
→関連項目廻米酒田[市]七里半越宮津

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世界大百科事典 第2版の解説

にしまわりかいうん【西廻海運】

日本海沿岸の港から出帆して西に向かい,関門海峡,瀬戸内海を経て大坂に至り,さらに紀伊半島を迂回して遠州灘を通過し江戸に至る海運をいい,東廻海運に対する。近世初期までは北国各地から上方に送る廻漕物資は越前国敦賀または小浜(おばま)で陸揚げし,陸路と琵琶湖上を大津に運び,ふたたび陸運で京都方面に送っていた。ところが,大坂が商業都市として発展してくると,しだいに日本海側から海路による輸送が行われるようになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西廻海運
にしまわりかいうん

西廻航路ともいい、東北・北陸地方から日本海を通って下関(しものせき)を廻り、瀬戸内を経て大坂に達する航路をさす。江戸時代に、幕藩経済を支える重要な経済動脈としての役割を担った。当初は幕府の御城米、諸藩の蔵米(くらまい)を廻送(かいそう)するために開かれ、寛永(かんえい)年間(1624~44)に加賀藩による大坂廻(かい)米が試みられた。それまで加賀(石川県)以北の物資を上方(かみがた)へ運送するには、まず海路敦賀(つるが)・小浜(おばま)(福井県)に運び、それから陸路を琵琶(びわ)湖北岸の塩津(しおつ)、海津(かいづ)、今津(いまづ)(滋賀県)に駄送し、そこから湖上運送で大津に達し、さらに陸路京都ないし大坂まで運ばれた。しかしこのコースでは、積み換えに手数がかかり、運賃も高く、荷物の損失も多いため、一貫して海路による海運航路の開発が望まれた。1672年(寛文12)、出羽(でわ)直轄領の御城米の廻送にあたり、幕府は河村瑞賢(ずいけん)を起用して、西廻海運による江戸廻送に成功した。以後この航路は、東廻航路に比べて風待ちの寄港地に恵まれて航海安全であり、かつ大坂の繁栄とも相まって、大いに発展していったのである。[柚木 学]
『柚木学著『近世海運史の研究』(1979・法政大学出版局)』

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世界大百科事典内の西廻海運の言及

【奥羽海運記】より

…河村瑞賢の東廻・西廻両航路の刷新事業について記した基本的文献。新井白石著。1巻。水陸交通の重要性を述べた後,瑞賢が1670年(寛文10)奥州信夫郡の幕領米数万石,つづいて72年羽州村山郡の幕領米を江戸に直漕するよう命ぜられ,彼が現地踏査を経て提出した建議によって無事江戸に回漕した事情およびそれに伴う東廻・西廻両航路の刷新について記している。《新井白石全集》《日本経済大典》などに収録。【渡辺 信夫】…

【但馬国】より

…19世紀初頭には浜坂で中国山地の砂鉄をつかった縫針の製造が始められ,京・大坂に売り出す針問屋が生まれている。 西廻海運は古く寛永期(1624‐44)から盛んとなり,幕府も72年(寛文12)河村瑞軒を起用して東北の直領米を大坂回りで江戸へ回漕する西廻航路を開いた。東北・北陸諸藩の蔵米などが竹野・柴山・諸寄(もろよせ)等を但馬の寄港地として,西回りで大坂・江戸へと回漕された。…

【東廻海運(東回海運)】より

…日本海沿岸の港を出帆し,津軽海峡を経て太平洋に出て本州沿いを南下し,房総半島を迂回して江戸に至る海運のことで,西廻海運に対する。東北地方の太平洋沿岸から江戸方面への海上輸送は江戸開府以後に始まる。…

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