日本歴史地名大系 「横北村」の解説 横北村よこぎたむら 石川県:加賀市横北村[現在地名]加賀市横北町動橋(いぶりはし)川が平地部に流れ出る谷口に位置し、左岸に集落を形成、右岸は鞍掛(くらかけ)山(四七七・七メートル)に連なる山地。中世には京都相国(しようこく)寺塔頭林光(りんこう)院が領家職を有する横北郷に含まれたが、横北のなかの中院家領には石川郡大慶(だいぎよう)寺(現松任市)の末寺安楽(あんらく)院があったといわれ(「蔭涼軒日録」文明一八年一一月六日条)、当地に「安楽寺跡」の地名が残る(江沼郡誌)。天文二四年(一五五五)越前朝倉氏に南郷(なんごう)城を追われた一揆の将藤丸新介は横北に逃れたといわれ(朝倉始末記)、永禄七年(一五六四)九月四日には横北口で朝倉勢と一揆との合戦があった(同年一〇月九日「朝倉義景感状」野村文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by