横垣村(読み)よこがきむら

日本歴史地名大系 「横垣村」の解説

横垣村
よこがきむら

[現在地名]芦原町横垣

金津(かなづ)宿(現金津町)の西北方で、加越台地の南端にある。正保の越前国絵図では、金津宿と三国(みくに)湊(現三国町)を結ぶ交通路が南の山裾を通り、またこの道路から分れて北方(きたがた)浦に通ずる交通路が西方を通る。慶長三年(一五九八)七月二二日付の越前国坪江郷横垣村検地帳(竹内家文書)があり、同帳によれば、総石高一二四・五一石、田方五町七畝余・畑方三町八反余で山手銀一貫五〇〇文を納めることになっていた。同六年結城秀康が多賀谷三経に与えた知行宛行状(多賀谷文書)に「横柿村」(一二四・五一石)がみえる。同一一年頃の越前国絵図では「坪江下郷内二面方」に属していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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