横室村(読み)よこむろむら

日本歴史地名大系 「横室村」の解説

横室村
よこむろむら

[現在地名]富士見村横室

米野(こめの)村の南東に位置し、吾嬬(あづま)川を境とする。人家は全村に散在。赤城山の西麓で西傾斜の地勢である。中央部は高くなっており一段の落差をもって上下に分れている。「寛文朱印留」に村名がみえ、前橋藩領。寛文郷帳によると田方四八七石余・畑方一四二石余。明和元年(一七六四)の村明細帳(田村文書)では高七〇一石余・反別六九町二反余、家数九〇・人数三九五、牝馬一八。田方の用水は山沢から引き、そのための堰が三七ヵ所ある。なお判明する限りでは家数の最高は天明二年(一七八二)の九五、最少は安永元年(一七七二)の八一、人数は万延二年(一八六一)の四二一、文化一四年(一八一七)の三四四(富士見村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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