日本歴史地名大系 「樫山村」の解説 樫山村かしやまむら 山梨県:北巨摩郡高根町樫山村[現在地名]高根町清里(きよさと)八ヶ岳の南東麓、標高一〇五〇メートル付近に位置。東は小尾(おび)村(現須玉町)、西は念場(ねんば)原を越えて長沢(ながさわ)村、南は浅川(あさかわ)村、北は信州平沢(ひらさわ)村(現長野県南牧村)。村の東部小倉(こくら)(「甲斐国志」には小念とあるが小倉の誤り)付近には野馬平(のむまだいら)・南牧(みなみまき)ヨセ・北牧ヨセ・懸札(かけふだ)などの地名が残り、古代甲斐国三官牧の一つ柏前(かしわざき)牧の故地という。樫山の樫は柏前の柏の仮名であり、村名は柏前牧に由来するという(甲斐国志)。天正一〇年(一五八二)九月九日の徳川家印判状写(譜牒余録)に「根羽樫山共五貫文」とみえ、本領として津金修理亮胤久に安堵されている。なお同年八月から若神子(わかみこ)城(現須玉町)を本陣とする北条氏と、新府城(現韮崎市)に陣取った徳川氏は約三ヵ月にわたり対陣した。 樫山村かしやまむら 大阪府:羽曳野市樫山村[現在地名]羽曳野市樫山・向野(むかいの)二丁目など郡戸(こおず)村の北東にあり、北辺を竹内(たけのうち)街道が通る。丹比野(たじひの)のほぼ中心部に位置し、東側を東除(ひがしよけ)川が流れる。丹南郡に属し、正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳では高二六〇石余。元和九年(一六二三)大坂定番高木正次(丹南藩)領となり、幕末まで丹南藩領で高の変化なし。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by