橋寺(読み)はしでら

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

橋寺
はしでら

京都府宇治市宇治東内(ひがしうち)にある真言律(しんごんりつ)宗の寺。正しくは雨宝山放生院常光寺(うほうざんほうじょういんじょうこうじ)。本尊は地蔵菩薩(ぼさつ)。奈良街道の宇治川渡河地点に架かる宇治橋の東詰め丘上にあり、古くは同橋の管理にあたっていたといわれる。寺伝によれば、聖徳太子の命により秦河勝(はたのかわかつ)が宇治橋を架けた際、当寺も開創されたという。ただし宇治橋の最初の架橋は646年(大化2)で、元興(がんごう)寺の僧道登(どうとう)・道昭(どうしょう)の功によるとされる。当寺の開創は、奈良西大寺(さいだいじ)の僧叡尊(えいそん)による1281年(弘安4)の「宇治橋寺堂供養」のころとみられる。宇治橋架橋の由来を記した宇治橋造橋断碑、本尊地蔵菩薩立像(鎌倉時代)、不動明王立像(平安後期)は国重要文化財。[水谷 類]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の橋寺の言及

【山城[町]】より

…天神川,不動川,鳴子川などが東部山地から西流,平地で天井川となって木津川に注ぐ。木津川東岸の丘陵末端には椿井(つばい)大塚山古墳(大塚山古墳)があり,北岸の上狛(かみこま)には泉川(木津川)架橋のとき行基が建立した泉橋(せんきよう)寺(橋寺(はしでら)),《日本霊異記》に名のみえる高麗(こま)寺跡(史)がある。〈狛野〉〈狛のわたり〉とよばれたこの一帯はやがて興福寺領狛野荘となり,室町時代には狛野南荘に狛氏,北荘に椿井氏がおり,応仁の乱や山城国一揆を経るなかで勢力の消長があった。…

※「橋寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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