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道登 どうとう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

道登 どうとう

?-? 飛鳥(あすか)時代の僧。
山背(やましろ)(京都府)の恵満の家の出という。高句麗(こうくり)(朝鮮)に留学し(一説に唐(とう)(中国)でまなんだとも),のち奈良元興寺にはいる。大化(たいか)元年(645)僧旻(みん)らと十師に任じられる。2年山背に宇治橋をかける。6年長門(ながと)(山口県)の国司が献上した白い雉(きじ)を祥瑞(しょうずい)と上奏,年号が白雉(はくち)にあらためられた。

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朝日日本歴史人物事典の解説

道登

生年:生没年不詳
飛鳥時代の僧。山背(京都)の恵満の家より出たという。「高麗学生」とみえることから高句麗留学僧か。入唐して吉蔵に三論を学んだともいう。大化1(645)年8月,十師の一員に選ばれる。同2年には山背の宇治橋を架橋したと「宇治橋断碑」や『日本霊異記』にみえる。白雉1(650)年2月の長門国(山口県)の白雉献上に際しては,天皇に白雉が祥瑞であると上表し,それによって白雉と改元されたという。<参考文献>『日本書紀』

(若井敏明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

どうとう【道登】

飛鳥時代の僧侶。生没年不詳。山尻(背)恵満(やましろのえまろ)の家から出たといい,645年(大化1)僧侶の統制に当たる十師の一員に任ぜられた。高句麗に留学した経験を持ち,元興寺(飛鳥寺)に住したとみられる。宇治橋碑によると,646年,人畜をすくうため,山背の宇治橋を架けたという。ただ同碑の造立年代には異説もあり,《続日本紀》に宇治橋は道昭の造立としていることもあって,問題が残る。650年に白雉が貢上されたのを道登が祥瑞であると説き,白雉と改元された。

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世界大百科事典内の道登の言及

【宇治橋碑】より

…銘文は四周と行間に界線を引き,3行にわたって陰刻されている。文章は四字句を24句連ねた整ったもので,宇治川の流れの速さと渡河の不便さを述べたのち,山尻(背)恵満(やましろのえまろ)の家からでた僧道登が,646年(大化2)に架橋し,人畜をすくったことを記す。その表現の一部は,《詩経》の字句をふまえている。…

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