正力村(読み)しようりきむら

日本歴史地名大系 「正力村」の解説

正力村
しようりきむら

[現在地名]東広島市八本松(はちほんまつ)町正力

黒瀬(くろせ)川の河谷に位置し、北は篠(ささ)村、南は米満(よねみつ)村、西は飯田(いいだ)村に接する。天正一四年(一五八六)正月一一日付蔵田秀信下地売券写(石井文書)に「正力財満孫右衛門尉殿」とある。慶長四年(一五九九)八月一一日付安芸国賀茂郡寺家村石堂村篠村打渡坪付写(同文書)に石堂(いしどう)村の名がみえるが、当村西端に石堂の地名があり、飯田村北東部にも石堂谷・石堂山があるので、戦国末期に当村の西部から飯田村東部にかけて石堂村と称する村があったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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