正龍寺跡(読み)しようりゆうじあと

日本歴史地名大系 「正龍寺跡」の解説

正龍寺跡
しようりゆうじあと

[現在地名]山川町福元

現在の山川市街南西端、山川小学校の北方にあった臨済宗寺院。海雲山と号し、本尊は阿弥陀如来。広済(こうさい)寺(現伊集院町)末で、中興開山の虎森が明徳元年(一三九〇)に造立したという(以上「三国名勝図会」)。文禄元年(一五九二)とみられる一二月一九日の細川幽斎書状(旧記雑録)によると、薩摩国寺社領没収の際に唐船等が往来する山川津の一ヵ寺を保護すべきとして、当寺の寺領は没収されなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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