日本歴史地名大系 「武蔵大路」の解説
武蔵大路
むさしおおじ
「吾妻鏡」養和元年(一一八一)九月一六日条に、足利俊綱の首を持参した桐生六郎が武蔵大路から使者を立ててきたが、源頼朝は鎌倉の中に入ることを許さず、直ちに
その道筋を知るべき手がかりを「吾妻鏡」に求めると、文永三年(一二六六)七月四日条に京都に送還される将軍宗尊親王が幕府の北門から出て
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
「吾妻鏡」養和元年(一一八一)九月一六日条に、足利俊綱の首を持参した桐生六郎が武蔵大路から使者を立ててきたが、源頼朝は鎌倉の中に入ることを許さず、直ちに
その道筋を知るべき手がかりを「吾妻鏡」に求めると、文永三年(一二六六)七月四日条に京都に送還される将軍宗尊親王が幕府の北門から出て
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半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...