比叡庄(読み)ひえのしよう

日本歴史地名大系 「比叡庄」の解説

比叡庄
ひえのしよう

青蓮院門跡領。建暦三年(一二一三)二月日の慈鎮所領譲状案(華頂要略)によれば、慈鎮が師の桂林院大僧正(全玄)から譲り受けた所領のなかに比叡庄がみられ、本家職は道覚親王へ譲られた。貞応元年(一二二二)六月七日の慈円置文(同書)では、弟子の豪円に桂林院・比叡庄を付属させ、一期知行ののちは惣領の師跡に返すべきかとしている。貞永元年(一二三二)京都上賀茂社領安曇河あどがわ御厨は、比叡庄民が安曇川で漁をし濫妨に及んだとして訴え、これを認められている(同年六月三〇日「官宣旨」賀茂別雷神社文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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