比恵・那珂遺跡群(読み)ひえ・なかいせきぐん

日本歴史地名大系 「比恵・那珂遺跡群」の解説

比恵・那珂遺跡群
ひえ・なかいせきぐん

[現在地名]博多区博多駅南二―六丁目・竹下二―五丁目・東光寺町一―二丁目・那珂一―六丁目

那珂川と御笠みかさ川に挟まれた標高五―一三メートルの洪積低丘陵上に展開する総面積一四〇ヘクタールの大規模な複合遺跡。通常は北側を比恵遺跡(国指定史跡)、南側を那珂遺跡とする。昭和五五年(一九八〇)以降調査が続けられているが、全体像はなお不明。旧石器時代・縄文時代の遺跡はわずかで、弥生時代初頭に台地縁辺に集落形成が始まり、南端には大型の環濠集落が造られる(那珂二重環濠)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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