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水沢城 みずさわじょう

日本の城がわかる事典の解説

みずさわじょう【水沢城】

岩手県奥州市水沢区(旧水沢市)にあった平城(ひらじろ)で、江戸時代の仙台藩21要害の一つ。江戸時代には、仙台藩伊達家の分家・支藩であった水沢藩(1.6万石の石高を有したが正式な藩ではなかった)の藩主の居城、政庁となった城である。奥州市役所の周辺に城があり、市役所正面北側に城の表玄関である大手門や太鼓櫓(たいこやぐら)があったが、市街地化が進み、その遺構はほとんど残っていない。なお、同市の天然記念物となっている市役所前の姥杉(うばすぎ)は、もともとは水沢城の三の丸の土塁に植えられていたものである。築城者、築城年代は明らかではないが、室町・戦国期には葛西氏の胆沢(いさわ)平野統治の拠点として重要な役割を担っていた。葛西氏が豊臣秀吉の奥州仕置で領地を没収された後、水沢は秀吉家臣の木村吉清の支配地となった。その後秀吉は、伊達政宗(だてまさむね)から伊達家伝来の伊達郡や会津などを召し上げた代わりに旧葛西領と旧大崎領を与え、これに伴い、水沢の付近は伊達家の領地となり、水沢城もその属城となった。当初、水沢城には代官が派遣されたが、後に政宗の従兄弟にあたる留守宗利が入城し、宗利を祖とする水沢伊達氏が明治維新まで支配した。JR東北本線水沢駅から車で約5分。◇水沢要害、臥牛城とも呼ばれる。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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