江川浦(読み)えがわうら

日本歴史地名大系 「江川浦」の解説

江川浦
えがわうら

[現在地名]田辺市江川町

秋津あきづ川を挟んで田辺町の西、河口の三角洲に位置。行政的には田辺町に準じて扱われており、「続風土記」は「町四ツに分る、本町・中町・辺町・川縁といふ、本町は熊野往還なり、此地は本城の故地なれは今猶城下区域の内に属す、海辺にありて専漁を業とす、故に浦の名あり」と記す。本城の故地とは、田辺城築城に先立って慶長八年(一六〇三)、当地に洲崎すざき城が造られたことをいっている。ほん町・なか町は商店街、川縁かわべりは問屋街、辺町へのちようは漁師集落である。家数・人口は寛文七年(一六六七)には一二〇軒、一千四八三人(指上申書付之覚「万代記」所収)、享保一〇年(一七二五)二一一軒、八一四人(「田辺諸事控」多屋家文書)、文化三年(一八〇六)二三〇軒、九八六人(「田辺町江川諸事覚帳」田所文書)と変動(算定基準が同一か否かは不明)。享保一〇年の調べでは職人・商人に酒屋二、請酒屋一、小質屋三、魚商一三、中買二、屋一、大工一、船大工一、綿打二などがあり、地廻り漁民八四人、他国行漁民一四三人などがいた(田辺諸事控)

当地は元和五年(一六一九)和歌山藩付家老安藤氏領(田辺領)となって以降は、田辺領勝手方の魚類賄地となっているが、近世以前の漁業の歴史は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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