江浦城跡(読み)えのうらじようあと

日本歴史地名大系 「江浦城跡」の解説

江浦城跡
えのうらじようあと

[現在地名]高田町江浦町

田尻氏の本城鷹尾たかお(現大和町)支城の一つであった中世城館跡。天正年間(一五七三―九二)のものとされる年月日欠田尻鑑種本領村数等覚書(田尻家文書/佐賀県史料集成七)に「江浦城番 田尻龍哲」とある。龍哲は鑑種の大叔父了哲のこと。「筑後将士軍談」には「永江氏代々ノ居城也、天正十二年、永江勘解由平方家、田尻ノ家士田尻了哲両士、鷹尾ノ砦トシテ守之」とある。田尻氏が江浦を知行するようになるのは鑑種が龍造寺氏に帰順したのち、天正七年六月一日に江浦上下六六町を与えられて以後である(「龍造寺隆信・同鎮賢連署判物」田尻家文書/佐賀県史料集成七)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む