コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

池内大学 いけうち だいがく

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池内大学 いけうち-だいがく

1814-1863 江戸時代後期の儒者。
文化11年10月22日生まれ。京都で医業をいとなみ,中川宮朝彦親王や公家の侍読となる。尊攘(そんじょう)論を主張し,三条実万(さねつむ)と水戸藩とを仲介。将軍継嗣問題では一橋慶喜(よしのぶ)を支持する。安政の大獄で自首し,これを裏切りとみた尊攘派に文久3年1月23日暗殺された。50歳。名は奉時。通称は別に退(泰)蔵。号は陶所。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

池内大学

没年:文久3.1.22(1863.3.11)
生年:文化11.10.22(1814.12.3)
幕末の儒者,尊攘派志士。名は奉時,大学は通称,陶所と号す。京都の商家に生まれ,貫名海屋に折衷学を学ぶ。青蓮院宮,知恩院宮の侍読となる。三条実万の知遇厚く,王室書生としての立場を生かして活動。ペリー来航のころより水戸藩の朝廷に対する攘夷入説を周旋し,梁川星巌,梅田雲浜,頼三樹三郎と共に尊攘四天王と呼ばれた。安政5(1858)年の安政の大獄では自首して,翌年中追放の軽処分となったため,裏切者と目された。退蔵と改名し大坂に隠棲したが,文久3(1863)年,前土佐藩主山内容堂の酒席に招かれた帰途,岡田以蔵により斬殺される。難波橋に梟首され,耳は正親町三条実愛と中山忠能の邸に投げ込まれた。<著作>『攘夷論

(三井美恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

いけうちだいがく【池内大学】

1814‐63(文化11‐文久3)
幕末の儒学者,志士。名は奉時,通称大学,号は陶所。知恩院宮,青蓮院宮の侍読となり,公家の子弟を教えた。将軍継嗣問題では一橋慶喜の擁立を図り,戊午(ぼご)の密勅にも関与して〈悪謀の四天王〉の一人と目され,安政の大獄が起こると一時難を伊勢に避けたが,やがて自首。中追放という軽い処分ですんだため裏切り者視され,尊攘激派に大坂で暗殺される。【山口 宗之】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

367日誕生日大事典の解説

池内大学 (いけうちだいがく)

生年月日:1814年10月22日
江戸時代末期の儒者;尊攘派志士
1863年没

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

池内大学の関連キーワード三条実美池内陶所生年月日池内宏

今日のキーワード

優曇華

《〈梵〉udumbaraの音写「優曇波羅」の略。霊瑞、希有と訳す》1㋐インドの想像上の植物。三千年に一度その花の咲くときは転輪聖王が出現するという。㋑きわめてまれなことのたとえ。2 クサカゲロウ類が産...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android