池田 勇八
イケダ ユウハチ
明治〜昭和期の彫刻家
- 生年
- 明治19(1886)年8月28日
- 没年
- 昭和38(1963)年3月31日
- 出生地
- 香川県
- 学歴〔年〕
- 東京美術学校彫刻科選科〔明治40年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 帝展特選(第10回 11回 12回)〔大正5年 6年 7年〕
- 経歴
- 明治40年東京勧業博覧会で「柔術」が銅牌を受賞。42年文展第3回展に「馬」が初入選。大正5年第10回展「川辺にて」、第11回展「目かくし」、第12回展「麓そだち」が連続特選となって、9年帝展審査員に推された。10年に第1回個展を開き、昭和16までに20回を重ねた。また9年まで帝展無鑑査出品。10年帝展改組で日名子実三らと第3部会を結成、審査員を務め16年退会。この間、7年のロサンゼルス、11年のベルリン再オリンピック芸術部門審査員を務めた。戦後日展に復帰、出品依嘱者となったが、33年からは個展発表に専心。題材を動物に絞り「馬の勇八」で知られた。生前企画した「動物彫刻60年回顧展」が没後の38年、日本橋三越で開かれた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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池田勇八 いけだ-ゆうはち
1886-1963 明治-昭和時代の彫刻家。
明治19年8月28日生まれ。42年文展で「馬」が入選後,3年連続特選となり,大正9年帝展審査員。昭和10年第三部会を結成,戦後は日展で活躍した。題材を動物にしぼり「馬の勇八」といわれた。昭和38年3月31日死去。76歳。香川県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。作品はほかに「川べにて」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の池田勇八の言及
【明治・大正時代美術】より
…荻原守衛は帰国してまず太平洋画会に迎えられ,また夭折したこともあって,彼がロダンに学んだ生命感にみちた近代彫刻は官設展に根付かず,文展・帝展の主流は巧みな描写技術と主題主義であった。彫塑の朝倉文夫,建畠大夢(たてはたたいむ)(1880‐1942),堀進二,池田勇八(1886‐1963),大理石彫の北村四海らがあげられるが,これらのなかでは[朝倉文夫]が傑出しており,《墓守》(1910),《いづみ》(1914)のように,的確な自然主義の作品を残した。 再興日本美術院には,平櫛田中,佐藤朝山(1888‐1963),内藤伸(1882‐1967),吉田白嶺(1871‐1942)の4人の木彫家で彫刻部が新設された。…
※「池田勇八」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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