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日展 ニッテン

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デジタル大辞泉の解説

にっ‐てん【日展】

《「日本美術展覧会」の略称》美術団体の一。また、その主催する美術展。日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の五つの部門がある。昭和21年(1946)文展(文部省美術展覧会)を継いで発足。昭和33年(1958)以後、社団法人組織となり、民間団体として運営。平成24年(2012)、公益社団法人に移行。→文展官展

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

日展

前身の「文展」を含め106年の歴史を持つ。公益社団法人「日展」が開催し、毎年秋の東京展には約1カ月で16万~18万人が来場する。今年度の第45回日展の書は1万229点から10%の974点が入選した。特選は日本画(9点)以外各10点ずつ。

(2013-10-30 朝日新聞 朝刊 1総合)

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百科事典マイペディアの解説

日展【にってん】

官展を前身とする公募展。日本画・洋画・彫刻・工芸・書の5科からなり,毎年秋に開催。1958年以後社団法人日展が運営。
→関連項目伊原宇三郎上村松篁北村西望清水六兵衛光風会清水多嘉示高山辰雄東京都美術館中村岳陵日本画橋本明治東山魁夷松林桂月村上三島山本丘人

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世界大百科事典 第2版の解説

にってん【日展】

日本美術展覧会の略称で,文展を継いで1946年に発足,58年から社団法人日展が運営している。1907年に文展(文部省展覧会)として出発した官展は,19年に帝展,37年に新文展に改まり,45年の敗戦を迎えたが,46年春,文部省主催による日本美術展覧会すなわち日展として再出発した。構成は従来どおり日本画,洋画,彫塑,美術工芸の4部であった。その後,占領軍のプラマー美術顧問の官設美術展民主化についての談話発表などがあり,48年に日本芸術院の主催となった。

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大辞林 第三版の解説

にってん【日展】

美術団体の一。また、その団体が開催する展覧会。1907年(明治40)官展として始められた文展は、のち帝展・新文展と改組し、46年(昭和21)には日展(正式には日本美術展覧会)となったが、58年官営から民営となり社団法人「日展」となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日展
にってん

総合美術団体。日本美術展覧会の略称。その前身は、1907年(明治40)に開設された文部省美術展覧会(文展)にさかのぼる。これは、政府の美術振興策の一環として施行された日本最初の官設展で、明治美術界に大きな影響を与えた。その後19年(大正8)帝国美術院が創設され、帝展(帝国美術院美術展覧会)となり、35年(昭和10)の松田文相による改組を経て、37年新文展へと継承される。第二次世界大戦後の46年(昭和21)からは日展(日本美術展覧会)と改称。さらに49年、戦後の民主化政策進行のなかで、日本芸術院と日展運営会の共催による半官展となり、58年には社団法人組織を採用、純粋な民間団体となった。その後、運営担当の役員幹部の刷新を図り、新世代の進出を促す目的で69年に組織を改組し、2000年(平成12)現在第32回展を記録しているが、いまだに、日本最大の総合美術団体として、野にあって野にあらずといった性格を有し、全体の傾向としても依然穏健な作風が主流となっている。日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5部門を擁し、毎年11月に東京都美術館で公募展を開催、団体展中最高の入場者数を獲得している。[佐伯英里子]

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世界大百科事典内の日展の言及

【官展】より

…1919年(大正8)帝国美術院美術展覧会(帝展)への改組,35年(昭和10)の〈松田改組〉をめぐる紛糾と新文展の発足は,そうした弊害に深いかかわりがある。なお太平洋戦争後,文部省はその主催する展覧会を日本美術展覧会(日展)と改称し,46年から48年まで開催して官展は幕を下ろした。
[初期の文展]
 1907年に開設された文展は,日本画,洋画,彫刻の3部で構成され,第1回展の審査委員に橋本雅邦,横山大観,下村観山,竹内栖鳳,川合玉堂,黒田清輝,岡田三郎助,和田英作,浅井忠,小山正太郎,中村不折,高村光雲,長沼守敬,新海竹太郎など各派の有力作家のほか,大塚保治,岡倉天心,藤岡作太郎,森鷗外,岩村透ら学者が任命された。…

【書】より

…そして,平安時代の仮名の学問的研究と実技とを兼ね備えた尾上柴舟は,大口周魚に負うところがあり,田中親美による平安時代名跡の実査研究と復元的技術による複製制作は,和様書道の発展に寄与するところ多大であった。 現代の書道界は第2次世界大戦後の1948年第4回日展に初めて書道部門が加わり,漢字,仮名,篆刻など古来の伝統を踏まえて現代美術界の分野に新しく加入することとなった。書道部門の日展参加は書道界に大きい刺激を与え,従来の民間における書道団体展から幅広い総合的な大美術展の新舞台に立って,会場芸術として急激な発展を促し,他の部門と競う時代を迎えたわけである。…

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