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池田草庵 いけだ そうあん

美術人名辞典の解説

池田草庵

幕末・明治儒者。但馬生。名は緝、字は子敬、通称を禎蔵。京都に出て相馬九方に学び朱子学を修める。春日潜庵吉村秋陽・山田方谷らと親交。のち京都に塾を開き、ついで郷里に青渓書院を開いた。官への出仕を拒み郷党の教育に尽力、但馬聖人と称された。明治11年(1871)歿、66才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池田草庵 いけだ-そうあん

1813-1878 江戸後期-明治時代の儒者。
文化10年7月23日生まれ。京都で相馬九方(そうま-きゅうほう)に師事し,春日潜庵(かすが-せんあん)らとまじわる。弘化(こうか)4年(1847)郷里の但馬(たじま)(兵庫県)に青谿(せいけい)書院をおこし,おおくの子弟をあつめる。但馬聖人といわれた。明治11年9月24日死去。66歳。名は緝。字(あざな)は子敬。通称は禎蔵。著作に「読易録」「草庵先生集」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

池田草庵

没年:明治11.9.24(1878)
生年:文化10.7.23(1813.8.18)
幕末維新期の漢学者。但馬養父郡宿南村(兵庫県八鹿町)の人。名は緝,字は子敬,通称は禎蔵。草庵と号す。農家の3男に生まれ,寺にあずけられたが,19歳で還俗して京都に上り,相馬九方 に師事。その学ははじめ徂徠学であったが,のちに春日潜庵と交友,京都松尾山中に隠栖して思索にふけり,朱子学や陽明学を修めた。31歳で故郷に帰り開塾,35歳のとき,青谿書院を建てて亡くなるまで,ここで後進の指導に当たった。詩文を好み,何よりもその篤実な思想,行動から,但馬聖人と呼ばれた。<著作>『池田草庵先生著作集』

(高橋昌彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

大辞林 第三版の解説

いけだそうあん【池田草庵】

1813~1878) 江戸末期の儒学者。丹波の人。名は緝、字は子敬。朱王一致を説き、幕末の動乱期に山中に静居し講学と子弟の教授に専念した。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の池田草庵の言及

【八鹿[町]】より

…農業は畜産が主となっている。宿南(しゆくなみ)には但馬聖人と呼ばれた池田草庵(1813‐78)の開いた漢学塾青谿書院の跡がある。妙見山(1139m)にある名草(なぐさ)神社の三重塔は重要文化財に指定されており,境内に樹高57mの夫婦杉(天)がある。…

※「池田草庵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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