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汾陽(読み)ふんよう

百科事典マイペディアの解説

汾陽【ふんよう】

中国,山西省中西部,太原盆地西端の市で,汾河に臨む。自動車道路がよく発達し,付近は農産物が豊富で,陝西北部および汾河流域の物資を集散する。特産の汾酒紹興酒と並称される。42万人(2014)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふんよう【汾陽 Fén yáng】

中国,華北地区の山西省中部,太原盆地の南西端にある県。人口36万(1994)。汾河の支流の文峪河が貫流する。秦代茲氏県が置かれ,南北朝(晋)に隰城県と改められ,さらに唐代西河県と改められた。汾陽県と命名されたのは明代のことである。漢代と唐代に置かれた汾陽県は現在の県とはまったく異なり,太原北西方の現在の静楽県西部にあたる。現在の汾陽県も鉄道からはずれた農村地帯にあるが,綿,クルミを特産とし,杏花村の〈汾酒〉は銘酒として全国に知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

汾陽
ふんよう / フェンヤン

中国、山西(さんせい)省中部の県級市。太原(たいげん)盆地の南西にあって、太原と汾河(ふんが)の中・下流域との中間点を占める交通上の要衝である。呂梁(ろりょう)地級市に属する。人口42万5000(2014)。漢代に茲氏(じし)県が置かれ、魏(ぎ)代には西河(せいか)郡の治所も置かれた。南北朝時代には県は隰城(しつじょう)と改められ、西河郡より上位の行政単位である汾州の治所ともなり、山西中西部を統括する中心となった。その後、県は唐代に西河県となり、西河郡、または汾州が置かれた。明(みん)代に一時県が廃されたが、ふたたび汾陽県が置かれた。1996年に市制施行。
 盆地の平野では小麦、雑穀、コウリャンなどを産し、山地ではクルミを多く産する。また市内の杏花村(きょうかそん)鎮は良好な水に恵まれ、中国八大銘酒の一つ、汾酒(フェンチウ)の生産で知られる。[秋山元秀・編集部]

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