沖端湊(読み)おきのはたみなと

日本歴史地名大系 「沖端湊」の解説

沖端湊
おきのはたみなと

沖端川下流部に置かれた柳川藩の湊。現在の沖端川は瀬高せたか町北部で矢部やべ川から西へ分流し、三橋みつはし町・柳川市域を西流、さらに南西流して有明海に入る二級河川。指定延長一四・二キロ。塩塚しおつか川・ふたッ川などが分派する。沖端湊は現稲荷いなり町・沖端町のおおむね沖端川より東方に引込まれた部分に当たる。中世にはすでに港湾機能を有していたと考えられるが、慶長七年(一六〇二)田中吉政が沖端から大坂へ新米を回漕するよう命じているのが史料で確認される早い事例である(「慶長七年台所入之掟」中川家文書)。江戸時代中期のものと推定される集書(渡辺家史料)によれば、沖端町の船数は一六〇艘。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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