日本大百科全書(ニッポニカ) 「沖縄政策協議会」の意味・わかりやすい解説
沖縄政策協議会
おきなわせいさくきょうぎかい
1996年(平成8)9月の橋本龍太郎首相と大田昌秀沖縄県知事(いずれも当時)との会談で設置することを決めた、沖縄基地問題の解消を目ざすための一つの機関で、関係閣僚、官房長官、知事らが参加する。首相は談話のなかで「沖縄に関連する基本施策の充実、強化をはかるためのもの」と規定。「国務大臣と知事が対等な立場で発言権を有する場だ」と知事に最大限に配慮しており、大田知事も歓迎の意向を表明した。しかし、98年2月に大田知事が普天間基地の県内移設に反対する意向を表明したため、政府との関係も冷え込み、協議が停滞した。98年11月の知事選挙の結果、稲嶺恵一が就任してから、ふたたび協議会が再開され、沖縄振興策を中心に協議が行われている。
[本谷夏樹]
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