海洋汚染の防止のために有害物質の海洋投棄の規制を目的とする条約。正式名称は「1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(Convention on the Prevention of Marine Pollution by Dumping of Wastes and Other Matter, 1972)」であり、ロンドン条約ともよばれる。1972年12月29日に採択され、1975年8月30日に発効した。その背景には、航空機、船舶または海洋構築物からの海洋投棄は汚染行為そのものであること、近年に至るまで国際的な規制はなかったこと、1960年代後半から国際的な関心が高まったことがある。その附属書Ⅰは投棄禁止の廃棄物を、附属書Ⅱは事前に個別の特別許可が必要な物質を、附属書Ⅲは事前に許可が必要とされる物質を掲載している。また、廃棄物の洋上焼却には、一般許可または特別許可が必要とされている。
放射性廃棄物の投棄については、高レベル(附属書Ⅰ)は禁止であったが、高レベル以外(附属書Ⅱ)は国際原子力機関(IAEA)の勧告を十分に考慮することを条件として認められていた。そうしたなかで、1970年代後半に日本は太平洋への低レベル放射性廃棄物の投棄を計画していたため、太平洋島嶼(とうしょ)国はそれに反発し、1986年には放射性物質の海洋投棄を禁止することを含む南太平洋環境保護条約(ヌーメア条約)を採択した。他方、ロシアが放射性廃棄物の海洋投棄を以前から続けていたことに加えて、1993年(平成5)10月に日本海に投棄したことが明らかとなり、国際的な批判が高まった。それを受けて、ロンドン条約は1993年11月に附属書を改正し、すべての放射性物質の海洋投棄を禁止した。また、同様に、産業廃棄物の投棄も原則として禁止した。2018年11月時点の締約国は87か国である。
日本国内では、1980年10月15日の批准書寄託、10月25日の公布を経て、11月14日に発効した。
[磯崎博司 2021年10月20日]
さらに規制を強化するために、1996年11月7日にロンドン条約の1996年議定書が採択され、2006年3月24日に発効した。ロンドン条約の附属書Ⅰ~Ⅲは投棄が禁止される有害物質を掲載していた(禁止リスト方式)が、1996年議定書の附属書Ⅰは、原則としてすべての海洋投棄を禁止したうえで、個別の許可に基づいて投棄を認める廃棄物を掲載している(リバースリスト方式)。これらの廃棄物の投棄の許可にあたっては、投棄規制当局は、廃棄物の特性、再利用の可能性、投棄海域の特性、海洋環境への影響などを評価しなければならないとしている。附属書Ⅱは、そのための詳細な考慮項目(WAF:廃棄物評価手続)を定めており、その下の指針(WAG)も備えている。WAFは、事前評価だけではなく投棄後のモニタリングも求めている。また、廃棄物の洋上焼却は禁止されており、海洋投棄または洋上焼却を目的として廃棄物を輸出することも禁止されている。他方、内水については、現行条約は適用されていないが、この議定書は、締約国に対して、議定書の規定の適用または他の効果的な規制措置の採用のいずれかを選択するよう義務づけている。2018年11月時点で、議定書の締約国は51か国であるが、下記の議定書に関する2009年および2013年の改正については未発効である。
日本国内では、2007年(平成29)10月2日の加入書寄託、10月5日の公布を経て、11月1日に発効した。
[磯崎博司 2021年10月20日]
2005年発効の京都議定書の義務達成のための一手段として二酸化炭素の回収・貯留(CCS)を先進諸国や石油業界が提唱した。しかし、ロンドン条約1996年議定書のリストには二酸化炭素は含まれていなかったため、海底下地層に貯留される二酸化炭素を附属書Ⅰに追加するという改正が2006年11月に採択され、それは2007年2月10日に発効した。また、注入後の二酸化炭素の越境移動が避けられないことから、2009年10月に1996年議定書第6条が改正され、そのような輸出を許容する内容の第2項が追加された。
日本国内では、1996年議定書の国会承認(2007年6月)とあわせて海洋汚染防止法が一部改正された(2007年5月30日)。その結果、同議定書の国内実施に向けて、廃棄物を海底下に廃棄することを原則として禁止するとともに、二酸化炭素の海底下廃棄に係る許可制度を創設した。これにより、CCSのうち二酸化炭素の海底下地層への貯留が実現可能となった。
[磯崎博司 2021年10月20日]
気候変動と海洋は相互に深い関係にあり、海洋は、大気中の二酸化炭素濃度に応じて二酸化炭素を吸収したり放出したりしている。また、大気温と海水温の変化も相互に影響しあっており、その変化は海洋への二酸化炭素の溶解量にも影響している。大気中の二酸化炭素濃度が増大すると、気候変動が生じるとともに、海洋表層への二酸化炭素溶解量が増えて海洋酸性化がもたらされる。
海洋酸性化による海洋生態系への影響は十分には解明されていないが、海洋生物の卵や幼生の生存率の低下、石灰質性の骨格や殻をもつ珊瑚(さんご)や軟体動物の成長の鈍化などが指摘されている。産業革命前、海洋の平均pH(水素イオン濃度)は8.21であったとされる。現在は約8.1(わずかにアルカリ性)であり、産業革命からほぼ0.1低下(水素イオン濃度の約30%増加に相当)している。今世紀末にはpHが7.8になるおそれも指摘されているが、過去数百万年の間はその数値になったことはなかった。したがって、海洋酸性化を防止するためにも、気候変動対策は必要とされる。
一方で、気候変動対策の一つとして、海洋メカニズムに手を加えること(地球海洋工学活動)が2000年代以降、提唱されている。たとえば、大気中の二酸化炭素の海洋への吸収促進策としては鉄散布のような海洋肥沃化や湧昇流(ゆうしょうりゅう)の促進・汲(く)み上げ、その溶解促進策としては、沈降流の促進による深層海流の促進、また、低層雲の増加により熱反射を増やす目的での、人工的に凝結核を増やし雲を生成させるための海水噴き上げなどがそうである。
そのうち海洋肥沃化は、大気中の二酸化炭素の海洋への吸収を増大させるために、外洋の高栄養塩・低クロロフィル海域において鉄などの微量栄養素を散布するものである。そのような海域においては植物プランクトンの二酸化炭素固定機能が低く、そのおもな原因として海水中の鉄濃度が低いことが指摘されたからである。しかしながら、鉄散布の効果は明らかでない一方で、海洋生態系への影響に強い懸念が示された。その状況下で明らかになった海洋での実証事業計画に対して、生物多様性条約やロンドン条約の締約国会議は、重大な懸念を示し、制度枠組みができるまで中止することをよびかけた。
ロンドン条約においては、2010年に海洋肥沃化を含む科学調査のための評価枠組みが採択された。また、2013年10月には、1996年議定書の改正が採択され、第1条5の2、第6条の2、附属書Ⅳ、および附属書Ⅴが追加された。第6条の2には、船舶、航空機、プラットホームまたはその他の人工海洋構築物から、附属書Ⅳに掲載されている海洋地球工学活動のために物を海洋に配置することを、締約国は承認してはならないこと、ただし、そこに掲載されている活動またはそれに含まれる一部の活動について、許可を受ければ認められると記されている場合はこの限りでないことが定められている。また、海洋地球工学とは、海洋環境に対する意図的な介入(自然の作用を操作すること、または、人為的な気候変動もしくはその影響に対処することを含む)であって、有害な影響をもたらす可能性のあるもの、とくに、その影響が広範に及び、長期にわたり、または重大なものを意味するとされている。
附属書Ⅳには海洋肥沃化(海洋の一次生産性を高める意図をもって人間によって行われるあらゆる活動)のみが掲載されており、通常行われている水産養殖、海洋養殖、または、人工漁礁の構築は含まないとされている。海洋肥沃化活動が許可されるのは、個別の評価枠組みによって正当な科学調査であると判断された場合のみである。附属書Ⅳの下で配置が検討される物のための評価枠組みは、附属書Ⅴに定められている。そこには、締約国は、掲載されている活動の実施提案に対する、独立の国際専門家または国際専門家諮問組織からの意見を考慮すべきであると定められている。
この改正は、締約国の3分の2が受諾書を寄託してから60日後に発効する。
[磯崎博司 2021年10月20日]
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