沢差城跡(読み)さわさしじようあと

日本歴史地名大系 「沢差城跡」の解説

沢差城跡
さわさしじようあと

[現在地名]秋芳町大字嘉万 麓

中世、大津(おおつ)郡深川(ふかわ)庄(現長門市)の領主鷲頭氏が、嘉万の有等市(かまのありといち)北西の城(じよう)山(石楠山)山上に築造した支城といわれるが、遺構は未確認である。

「注進案」所引の長州美祢郡山王社略縁起は「弘安乙酉大内持世家臣鷲頭弘忠、領此地迫石楠山築城営」とし、弘安八年(一二八五)の築城時にこの地にあった日吉山王(ひえさんのう)社を、東方の如意(によい)ヶ岳山麓に移したと記す。さらに「沢差と申由緒不分明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む