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河内全節 こうち ぜんせつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河内全節 こうち-ぜんせつ

1834-1908 明治時代の医師。
天保(てんぽう)5年8月3日生まれ。幕府の医学館にまなび,明治9年東京で開業。浅田宗伯,今村了庵とともに漢方医の大家と称される。東京府会議員もつとめた。明治41年6月24日死去。75歳。江戸出身。名は利器。号は柳渓。著作に「日本医道沿革考」など。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

河内全節

没年:明治41.6.24(1908)
生年:天保5.8.3(1834.9.5)
明治時代の漢方医,医史学者。越後国高田(上越市)の人。江戸に生まれる。幼名利器。号は柳渓。医を高野高全,また江戸の医学館に学ぶ。明治9(1876)年麹町(千代田区)に開業。同15年には皇女滋宮,のちに増宮,昭宮の尚薬(侍医)を務めた。明治新政府の漢方排斥政策に反して全節や浅田宗伯,今村了庵 らの漢方医が皇室の侍医となったことは,その内科的臨床手腕が当時の西洋医よりすぐれていると判断されたからにほかならない。東京府議も務めた。『日本医道沿革考』(1885),『児科綱要』の著書のほか『中外医事新報』(『日本医史学雑誌』の前身)に多くの医史学的論考を残す。

(小曾戸洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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